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文明を測る科学的ツール(2)

田村八洲夫

2013年04月10日 22:11

3.余剰エネルギーとは
エネルギーを獲得するには、その獲得行為に必要な元手のエネルギーが必要です。「獲得エネルギー量」と「元手エネルギー量」の差が余剰エネルギーです。正味エネルギーともいいます。余剰エネルギーは、人間社会が自由に使えるエネルギーを意味します。しかし、その重要な概念がなかなか意識されていないのが実状です。新エネルギーやシェールガスの話題になっていますが、‘余剰エネルギーはどのくらいか’という数値はほとんど示されていません。新エネルギーの中には、どう見ても余剰エネルギーがマイナスのモノもあります。次のようなアナロジーはどうでしょうか。   商業簿記では売上高と売上原価の差が総利益です。総利益は会社活動を維持する経費と自由裁量できる純利益に区分できます。すなわち、売上高が「獲得エネルギー」、売上原価が「元手エネルギー」、総利益が「剰余エネルギー」、活動の維持経費が「維持管理エネルギー」、純利益が「自由裁量エネルギー」と対比できます。純利益が大きいことは「自由裁量エネルギー」が大きいことを意味し、文明の成長、文化の発展につながります。総利益がマイナスになることは「維持管理エネルギー」の不足を意味し、文明の縮小、消滅につながります。 「余剰」とは元手の量から見た利用可能なエネルギー量、「正味」とは獲得した量から見た利用可能な量と理解できますが、数量的には同じことです。本稿では主として、余剰エネルギーの用語を用います。その方がエネルギー収支比(EPR)を理解しやすいと考えます。

4.エネルギー収支比(EPR)
≪エネルギー収支比の考え方≫
近代文明の成立・発展の必須要件は、化石燃料のもつ大量の余剰エネルギーの獲得です。余剰エネルギーが多いほど、文明の発展につながります。 余剰エネルギーの大きさを示す指標に、「エネルギー収支比」が有効です。EPR(Energy Profit Ratio)、あるいはEROI(Energy Return on Investment)といいます。 エネルギー収支比は、或るエネルギー資源について EPR =【生産されるエネルギー(出力)】÷【生産するのに必要なエネルギー(入力)】 で、定義されます。この倍率が大きいほど、或るエネルギー資源の余剰エネルギー量が大きくなります。ここでエネルギーとは、基本的に一次エネルギーを指しますが、二次エネルギーである電力についても、EPRで評価できます。 EPR=1だと、エネルギー生産の出力と入力が等しく、余剰エネルギーはゼロです。 EPR=100だと、余剰エネルギーは入力エネルギーの99倍になります。勢いよく自噴する石油の余剰エネルギーの大きさに相当します。 EPR<1だと、出力より入力エネルギーの方が大きく、エネルギー損失になります。 一次エネルギーのEPRの良し悪しは、もともとの存在状態で大勢が決まります。露天掘の石炭は坑道掘の石炭よりもEPRが高く、自噴能力ある石油・天然ガスのEPRはシェールオイル・ガスよりも格段に高いです。メタンハイドレートは地球内部の圧力・温度条件下で化学的に安定した結晶体というエントロピーの高い状態で存在しており、シェールガスよりもEPRが低いと想定されます。EPRは技術革新によって、多少向上できます。しかし、エネルギー資源のもともとの存在状態が悪いと、換言すれば、エントロピーの高い状態で存在する資源のEPRを技術で向上させようとしても、原理的に限界があります。

≪EPRの譬え話≫
 現代文明はEPRの高い石油エネルギーでもって発展してきました。その石油生産のEPRが低くなると文明維持の合理性を失っていきます。現在、石油ピークに至ってEPRが小さくなり、社会が使える余剰エネルギーが減少の方向に向かっています。 
では、石油のEPR はいくらであれば石油文明が維持できるのでしょうか。そのイメージを示唆するような、2つの比喩が米国にあります。
ひとつは‘Rabbit Limit’です。ウサギ1匹で夫婦2人の一日の食を満たすとします。男が1日に2匹捕獲すると家族を養えます。平均10匹捕獲すると、職人、商人、山師、運転士、公務員など9家族の地域の人々の食を満たすことになります。現代社会を維持するには10以上のEPRが必要といわれていますが、その譬えです。人口の10%がウサギ猟師であれば全ての人々の食を満たします。
もう一つは、‘Low Hanging Fruits’です。木の実採取の譬えです。すなわち人間は鳥と違って
、下の枝の果実から順に高い枝の果実へ手を伸ばします。下の枝の果実は楽に採れます。しかし、高い枝の果実ほど長い梯子、エネルギーをかけて採ります。言い換えると下の枝の果実のEPRは高いですが、高い枝の果実ほどEPRが低くなります。石油資源の生産は、発見と開発が容易なところから手を付けます。まさにイージーオイルです。次第に難しいところ、ハードな石油へと展開されます。それに伴ってEPRが下がっていきます。  日本ではEPRに対する認識が遅れています。
日本語は表現豊かな言語ですが、米国のような比喩話が生まれるまで理解が深まっていません。‘石油を探し出す’という現場感覚が乏しく、‘石油を買う’という経済感覚が強いからではと感じます。‘技術でなんとかなる’、お金をかけたらなんとかなる‘という意識も同根で、実は深刻なことです。
産油国から、個々の油田で石油生産に要している投入エネルギーが公表されていません。よってEPRの値を正確に知ることはなかなか困難ですが、ある程度のオーダーで分かります。石油文明が終焉に向かっている今日、‘EPRはいくらくらいなのか’で診ることが一段と重要です。

≪石油生産:ハバートモデル≫
  シェル石油の地球物理家M.K.ハバートは、石油生産の予測モデルを1956年に学会発表し、アラスカを除く米国の石油生産量のピークを1966年~1971年と予測しました。
当時、ほとんどの専門家や石油会社が極めて否定的でしたが、その予測通り米国の石油生産量は1971年にピークを迎え、その年の生産量を二度と達成できませんでした。石油ピークモデルは油井から油田、地域、国に至るまでの、石油生産におけるピークと減退を表します。また他の多くの有限資源に関しても、役に立つ指標であると証明されています。 ハバート・ピークオイルモデルの標準はベル型です。米国の実際の石油生産推移グラフが、ピークポイントを有するハバートのベル型モデルと類似しています。米国の実際グラフに小ピーク(1986年)がありますが、1977年から始まったアラスカ油田の生産増によるものです。
ハバート・ピークオイルモデルの標準はベル型ですが、数年間フラットに続くピークプラトーモデルが、広域に適用する場合に現実的モデルかもしれません。米国の石油生産の推移は1971年を頂点とするベル型でした。一方、ヨーロッパ石油生産1996年からプラトーになり2002年より年率6%で減退しています。世界の石油ピークは2005年からプラトーの状態で現在に至っています。


≪EPRとネットハバートモデル≫
 ハバート・ピークオイル曲線は石油生産量が増加し、ピークに至ってから減退する推移するかたちを示しており、グロスの石油生産量の推移を表しています。しかし、余剰エネルギーがあっての文明ですから、剰余石油生産量(ネット石油生産量)がどのように推移するかが本質的に重要です。余剰エネルギーのことをネットエネルギーともいいます。 EPRを考慮して次の関係式で表わせます。  
ネット石油生産量=グロス石油生産量―生産に必要な石油量
EPR=グロス石油生産量÷(グロス石油生産量―ネット石油生産量)
よって ネット石油生産量=グロス石油生産量×(EPR-1)/EPR
EPRは石油生産が進んでいくと減少します。生産エネルギーが、自噴からリフティング」さらに増進回収法へと、一般的に移行するので、EPRが減少することは容易にわかります。 図では、グロス石油生産量の推移はベル型ハバート曲線ですが、それに対する余剰石油生産量は生産ピークを過ぎると、恐ろしいほどに急激に減少することが読み取れます。

≪EPRとネットエネルギークリフ≫  
EPRの値が大きいと、EPRの変化が余剰エネルギー量に変化に与える影響は小さいです。 例えば、EPRが30の場合で余剰エネルギー量96.7%、EPRが15の場合で93.3%です。 ところが、EPRが10を切ると余剰エネルギー量が急激に減少します。EPRが10で余剰が90%ですが、EPRが7で85.7%、EPRが5で80%、EPRが3で66.7%と、クリフ(崖)から墜落する様相です。
EPRが10を切ると、そのエネルギー文明は維持できなくなるといわれています。しかしEPRが5を切ると、余剰エネルギーが少ない上にプラスマイナスでの変動量が大きくなり、その文明の不安定は増幅されて崩壊に至る観がします。

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